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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)2636号 判決

原告

大木基正

被告

濱本典秀

主文

一  被告は、原告に対し、七九万四〇二三円及びこれに対する平成三年一二月一七日から、支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二二二万三五六七円及びこれに対する平成三年一二月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車が交差点を左折したところ、横断歩道上を自転車が横断するのを発見したため同歩道手前で停止した際、後続の普通乗用自動車に追突され、被追突車の同乗者が頸部挫傷等の傷害を負つた事故に関し、右被害者が追突車の運転者に対し、民法七〇九条、七一〇条に基づき損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成三年一二月一七日午後八時二五分ころ

(二) 場所 大阪市住之江区南港東三丁目五番六四号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害車 訴外奥茂広(以下「奥」という。)運転の普通乗用自動車(なにわ三三ま四〇三〇、以下「原告車」という。)

(四) 事故車 被告が運転していた普通乗用自動車(和泉五三す九一三〇、以下「被告車」という。)

(五) 事故態様 奥車が交差点を左折したところ、横断歩道上を自転車が横断するのを発見したため同歩道手前で停止した際、後続の被告車に追突され、奥車に同乗していた原告が頸部挫傷等の傷害を負つたもの

2  責任原因

被告は、被告車を運転するに際し、自車前方を注視し、先行車両である原告車と適正な車間距離をとるべき注意義務があるのにこれを怠つた。

3  損益相殺

本件事故により原告に生じた損害に関し、五八万四七一〇円の支払いがなされた。

二  争点

1  本件事故と原告の受傷との因果関係、原告の症状固定時期及び就労制限期間

(原告の主張)

原告は、原告車の助手席に座り、同車が停止した後に被告車により追突された。その衝撃により、原告は、体全体が前方に投げ出され、とつさに右手でフロントガラスを押さえたため、車両内側前方部と体との激突を回避できたが、その直後、原告の体は後方に引き戻される状態で座席シートに打ちつけられた。

被告は、被告車が損傷が軽微であるとして検乙各号証を提出するが、これらは本件事故後一か月以上経過して撮影されたものであり、事故時の状況・衝撃の度合いを再現する上で必ずしも適切な資料ではない。

原告の症状は、本件事故後短期間に生じた頸部・後頭部・腰部・両膝の痛みであり、膝の痛みは腰部の症状からくる座骨神経痛であり、左腕の可動域制限は、左腕を上げようとしたときに上腕部から肩を経て首に至る部位が痛むのであり、そこより上に腕を上げられないという主訴が記載されたものであつて、本件事故と因果関係のあるものである。

原告は、平成三年七月一日からアルバイトとしてジヨーシンサービス株式会社に勤務し、家電製品の配送等の業務に従事してきたが、右業務に従事している間、頸部・頭部・腰部あるいは両膝部に痛みを覚えるような症状に襲われたことも継続的なゲツプ、嘔吐感があつたこともない。

原告は、平成四年三月末日ころ、医師から就労を考えてみたらどうかと言われたことはあるが、それは事務職等の軽労働に従事することを前提に考えてみたらどうかというものであつたに過ぎない。そこで原告は、勤務先に配置転換の可能性を打診したが、アルバイトには配置転換はないということであり、原告としては配送部門以外には勤務し得なかつたため、右時点では結局就労には至らなかつたものである。原告は、同年五月末日には症状固定となるが、その後も原告には腰部・左膝部(裏面)の痛みが残り、従前のような配送業務に従事することに大きな不安を感じたため、結局右ジヨーシンサービス株式会社に復職することはかなわなかつたものである。医師においても、原告が従前と同様の職務を行うことが可能であると述べたことはなく、また、そういつた意味での就労勧告をしたことは一度もない。原告はその従事していた職務に就労し得なかつたものであるから、その間の休業損害を被告が負担するのは当然である。

(被告の主張)

原告車、被告車の損傷程度は極く軽いものであり、肉眼でもその損傷程度が認められない程度のものである。奥は、本件事故によつて全く受傷しておらず、被告代理人からの督促に対しても、原告車の損傷による損害賠償の要求をしてこない。原告が本件事故によつて受けたとする受傷の症状は多岐にわたり、本件事故の受傷日から間隔をおいて訴えている。これら症状についての神経学的所見や他覚的所見は認められず、専ら原告本人の自覚症状のみにとどまつている。原告の訴える症状は、事故後の不安から生じた疑似むち打ち症ともいうべきもので、原告が電化製品の運搬を業として行つていたことからすれば、職業病ともいうべきものである。

原告は、平成四年五月末日をもつて症状固定と診断されているが、原告の訴える症状が自覚症状にとどまることから、担当医師は、鞭打ち症状についての医師の常識からして、受傷より三か月経過した時点(平成五年三月中旬)をめどと考えていたようである。しかし、原告がその後、左肩から上肢にかけての鈍痛を訴え始めたことや、経過観察をする必要から、同年四月末の打切りに変り、さらに五月末日での打切りに変つた経過がうかがわれる。原告は、仮に症状があつたとしてもその程度は軽いとみられるところ、本件事故と関係のない症状まで訴え続けてその治療を延々と引き延ばし、医師からの就労勧告を受けるにもかかわらず、その就労を拒否して賠償金を得ようとするごときは、賠償目的の行為である。

2  その他損害額全般

第三争点に対する判断

一  本件事故と原告の受傷との因果関係、原告の症状固定時期及び就労制限期間

前記争いのない事実に加え、甲第二、第四号証、乙第一号証、原告本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。

本件事故により原告車は一・六メートル前方に押出され、原告車の後部バンパーには右擦過痕(圧痕あり)が生じ、被告車には、前部左バンパーに擦過痕が生じ、方向指示器が離脱し、コードでぶら下がる損傷が生じた。本件事故時、原告は助手席に同乗し、シートベルトはしておらず、衝突時の衝撃により身体が前方に移動し、右手でフロントガラスを押さえたが、その反動で後部シートに頸部、腰部を打ち付けた。

原告は、本件事故日である平成三年一二月一七日、医療法人讃和会友愛会病院(以下「友愛会病院」という。)において治療を受け、後頸部痛と頸椎の可動域制限があるが、意識障害、四肢神経障害、吐き気はないとの診断を受けた。その後、後頸部痛、後頭部鈍痛、頸部運動制限があり、げつぷ感があり、嘔吐が一回あり(同月一八日)、後頭部痛、頸部痛、げつぷ感があり、前日から腰痛があり(ただし、レントゲン写真撮影の結果では異常なし。同月二一日)、頸部痛は軽減したが、左腕痛、腰痛、ふらつき感があり(同月二四日)、前日から両下肢の鈍痛、両膝の腫脹、可動域制限があり(同月二七日)、頭痛、耳鳴りが増加し、睡眠障害があり(同月二八日)、腰痛は前屈時に増大し、頸部痛は減少したが、頭痛はひどくなり(平成四年一月六日)、前屈時に腰部の痛みが増大し、側頭部痛があり、頸椎が右方に弯曲し(同一一日)、頭痛はあるが、吐き気はなく、体を前屈すると腰も痛みが増大した(同月二四日)。この間、レントゲン撮影、CTスキヤン上の異常所見はなく、神経学的病変は見当たらなかつた。

同月二七日、主治医は、原告の症状について、就労は腰痛のためまだ無理であり、治療は三か月前後をめどに継続すべきと判断した。

その後、原告は、一週間程、物理療法を受けずにいたところ、左肩がつまるような症状を覚え、頭痛は時々重度になる旨訴えたが、医師は、同年二月一七日ころを目途に就業を検討すべきと判断し(同月七日)、両肩痛を訴え(同月一四日)、左肩から上肢にかけての鈍痛、左第三指から同第五指にかけてのしびれ、左膝蓋部の鈍痛を訴え(同月二五日)、左膝背部の痛みを訴え(同年三月三日)、左下背部の鈍痛を訴え(同月一〇日)、左膝窩痛、左つま先の軽度のしびれ、左肩挙上痛を訴え(同月一七日)、左肩痛はあるが可動域は改善しており、左ふくらはぎ痛、頭痛を訴えるなどとした(同月二四日)。同月三一日、主治医は、就業をそろそろ考えるべきであり、治療は同年四月末日に打切ろうと判断した。

しかし、その後も原告の症状は、著明な変化がなく、同年五月一九日、主治医は、原告に対し、就業を勧め、同月末に治療を打切る旨告げ、同月三一日、症状固定と診断した。右症状固定時、原告には頸部可動域の制限や知覚障害はなく、左上肢、左下肢への放散痛があり、腰椎と頸椎に関しレントゲン撮影上の異常やCTスキヤン上の所見はなく、握力は、右側四二キログラム、左側二八キログラム、反射は正常というものであつた(症状固定までの実通院日数一一二日)。

以上の治療経過によると、原告は、本件事故日である平成三年一二月一七日以降、約一か月半間は、後頸部痛、頸部の可動域制限が主たる症状であつたが、その後、腰痛、頭痛が増悪し、さらに、平成四年二月一七日、主治医は就労を考慮すべき(治療は同年三月末まで継続予定)と判断していたところ、左肩、左膝、下背部等の痛みを訴え(もつとも、右症状についてレントゲンフイルム、CTスキヤン上の異常はなく、反射も正常であつた。)、同年三月三一日、主治医はそろそろ就労を考えるべきである(治療は同年四月打切り予定)と判断したが、症状の著変はなく、同年五月一九日、さらに就労を勧め、同月三一日、症状固定と診断したことが認められる。

してみると、原告の労働能力は、本件事故日である平成三年一二月一七日から主治医が最初に就労を考慮すべきとした平成四年二月一七日までは労働能力を完全に喪失したが、その後、主治医が二度目に就労を考慮すべきと判断した同年三月三一日までは労働能力の五〇パーセントを喪失し、さらに、その後、主治医が三度目に就労を考えるべきとした同年五月一九日までは労働能力の二〇パーセントを喪失し、同日、労働能力を回復し、同月三一日、症状が固定したものと認めるのが相当である。

二  損害

1  通院交通費原告負担分(主張額九万一六五〇円)

原告は、前記治療にあたりタクシーによる通院をしたので、その自己負担分の損害が生じたと主張するが、前記の治療経過に照すと、タクシーによる通院が必要かつ相当なものであるとは認め難い。

前記認定のとおり、原告は、本件事故後、症状固定までの間、合計一一二日、通院したことが認められるところ、原告本人尋問の結果によれば、右通院を公共交通機関で行つた場合の費用は、片道一七〇円、往復三四〇円であることが認められるから、本件事故と相当因果関係のある通院交通費は、次の算式のとおり、三万八〇八〇円となる。

340×112=38080

2  文書作成料(主張額八〇〇円)

原告は、文書作成料として八〇〇円の損害を負担したと主張するが、右支出の有無、本件事故との相当因果関係を認めるに足る的確な証拠はない。

3  装具(主張額二万〇六六五円)

前記治療経過に加え、甲第九、第一〇号証によると、原告は、本件事故による腰椎症の治療のため、装具代として二万〇六六五円を支出したことが認められる。

4  休業損害(主張額一四九万五一六二円)

甲第七号証の一、二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故前、ジヨーシンサービス株式会社にアルバイトとして勤務し、平成三年九月から同年一一月までの三か月間に六七万五五〇〇円(日収七四二三円、一円未満切り捨て、以下同じ)の収入を得ていたことが認められる(なお、年末から年始にかけて、右額は若干上昇するものと考えられるが、このことを認定するに足る的確な証拠はない。)。

前記認定のとおり、原告の労働能力は、本件事故日である平成三年一二月一七日から平成四年二月一七日までの六三日間は労働能力を完全に喪失したが、その後同年三月三一日までの四三日間は労働能力の五〇パーセントを喪失し、さらに、同年五月一九日までの四九日間は労働能力の二〇パーセントを喪失し、同日、労働能力は回復したと認められるから、この間の休業損害を算定すると、次の算式のとおり六九万九九八八円となる。

7423×(1×63+0.5×43+0.2×49)=699988

5  傷害慰謝料(主張額一〇〇万円)

本件事故の態様、原告の受傷内容と治療経過、同人の職業、年齢及び弁論の全趣旨に現れた本件事故後の交渉経過等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、五五万円が相当と認められる。

6  小計

以上の損害を合計すると、一三〇万八七三三円となる。

三  損益相殺及び弁護士費用

本件事故による損害に関し五八万四七一〇円の支払いがなされ、損害が填補されたことは当事者間に争いがないから、前記損害合計から同額を差し引くと、残額は、七二万四〇二三円となる。

本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は七万円が相当と認める。

前記損害合計七二万四〇二三円に右七万円を加えると、損害合計は七九万四〇二三円となる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告に対する請求は、七九万四〇二三円及びこれに対する本件事故の日である平成三年一二月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

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